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“破滅”と“再生”の美学(真弓の雑記・はてな出張所)

だいたいいつも、アニメばかり観ています

葬られる者と涙する者。おやすみなさい、チェインバー。~『翠星のガルガンティア』視聴後感想~

 『翠星のガルガンティア』、最終回まで観させていただきました。最終回の後に未視聴だった第8話(船団長が埋葬される回)を観るというヘンな順序を辿ってしまったけれど、逆に正解だったのかも。地球の海へと埋葬されることでチェインバーは星の一部となる(仲間として同化する)、そんな構図が確認できました。

 第8話「離別」では、ガルガンティア船団長・フェアロックが亡くなり惜しまれながら海へと葬られていく過程が描かれていました。また、第12話「決断のとき」でクーゲル船団の罪なき人々が殉教者として海へ投げ落とされる場面もありました。そして第13話(最終回)、ストライカーとの激しい戦闘の末爆散したチェインバー、その破片は海へと飛び散りました。

 これらは同じ"海へと還る"行為であっても同じではないものでした。上に挙げた一連の描写は『翠星のガルガンティア』が求めていた一つのテーマ「生き方と死に方」の相違を示すものであるとも考えられます。また、人間の生き死にをめぐるドラマを繰り返し描いてきたロボットアニメとしても重要な示唆を含んでいる、と読みました。人工知能である"チェインバー"の死を惜しみつつ、生の肉体を持った人間"レド"がガルガンティアの仲間と共に過ごす新しい生に期待させてくれるような、爽やかなラストを描いた最終回でありました。

 それにしても、レドの熱い涙を観ていると、ガルガンティア(Gargantia)というタイトルは「ガルガン/ティアー(tear、涙)」だったんじゃないかとも読めてしまいます。

 「俺は……死に方はわかっても、生き方はわからない。そんな俺のために、生き方を一緒に探してくれる人がいた。もう一度、逢いたかった。もっと、声を聞きたかった」
 涙を流しながら、エイミーへの溢れる想いを語るレドを、チェインバーは「心理適性が兵士の条件を満たしていない」と判断して、コクピットブロックを分離させレドを逃します(これは優しさから?ロボットなのに優しいとはこれいかに)。
 「この空と海の全てが、貴方に可能性をもたらすだろう。生存せよ。探求せよ。その生命に、最大の成果を期待する」
 レドのこれからの人生を祝福するかのような言葉を残し、チェインバーはストライカーへの止めを刺しに行きます。グラビティーウェーバー(腹部主砲)でストライカーを破壊する直前の、
 「くたばれ、ブリキ野郎」
 という台詞はとても印象的であります(常に論理的、分析的な言葉遣いであったチェインバーの最期の台詞!)。
 (まるで新たに産み落とされていくかのように)海へと落下したレドは、ストライカーを撃破して散っていくチェインバーを見届け、またしても涙を流します。以上のように、最終盤のレドは泣いてばかりでした。ガルガンティアの人々と交流したことで、レドは泣きたい時に泣けるような熱い感情を得ることができました。
 ここでOPテーマ「この世界は僕らを待っていた」の歌詞を参照すると「求める力 僕の中にあるのを 教えてくれたのは 君の微笑み」とあります。この「求める力」とは生きることを強く求めるような熱い欲求の事を示しているのではないでしょうか。人類銀河同盟での、マシーンのように戦闘に明け暮れる日々には感じられなかったものを、ガルガンティアでの生活で得ることができたレドは、幸せ者だと思います。

 本編ラスト、海底に沈み朽ちていくチェインバー(ヒディアーズに囲まれているのが泣かせてくれます)から海面越しに太陽の浮かぶ空へのPANで終わる〆は、OPラストカットとの同一性が強いショットでもあり、終劇にふさわしい美しさでした。
 「戦闘の役目を終え朽ちていくロボット」のビジュアルでいえば太陽の牙ダグラムの砂漠にて擱座するダグラムや、無敵超人ザンボット3の海辺で涙を流す(流しているように見える)ザンボエース等の系譜にも連なります。戦闘兵器として造り出された彼らが、戦いから開放されたキャラクター達を静かに見守る時、彼らは一体何を考えているのか。兵器だから、マシーンだから、機能停止して唯の物と化したのだから、何かを考えていると感じるはこちらの錯覚でしかないのかもしれません。それでも、辛く厳しい戦いをパイロットと共にくぐり抜けてきた彼らは、その時確かに生きていた。そう信じても構わないはずです。
 チェインバーはレドのように涙を流すことはできませんが、最後の最後でレドを戦いから突き放したチェインバーには、もしかしたら人間が涙を流す理由がわかっていたのかもしれません。それは"優しさ"や"心意気"と呼んでいいものなのかもしれない。

 「ガルガン/ティアー(tear、涙)」という視点、勝手に思っているだけですが、そういう感想もありなのかな、とこれまた勝手に納得してしまいました。

 おやすみなさい、チェインバー。
 以上お読み下さり、ありがとうございました。今後も良きロボットアニメをお互いに楽しみたいものですね。